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生活綴り方

生活綴り方とは,日々の生活を文章にして綴ることで、自らの生活を見つめなおし,生活を向上させようとする教育実践・・・だそうです。

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今,岩波新書F93,梅棹忠夫著『知的生産の技術』を読んでいる。
まだ読了していないのだが,今ここで言いたい。

この本はすごい!

今,LifeHackと呼ばれているもののうち,情報処理に関するものは,ほとんど全て網羅されているといっても過言ではないのではなかろうか。

  たとえば「ユビキタス・キャプチャー」
  たとえば「PoIC」
  たとえば「『超』整理法」
  ・・・

これらの原型ともいうべきものが,次から次へと出てくる。
しかも初版が1969年!
さらには京大式カードの生みの親であり,KJ法にも深くかかわっているというのだから,「すごい」としか言いようがないのである。

そして何より感動するのが,梅棹氏の文を通して,先ほどの「ユビキタス・キャプチャー」や「PoIC」を見ると,そのシステムの本質というものが見えてくる・・・ような気がすることである。

よく「百聞は一見に如かず」という。
「伝聞をいくつ重ねるよりも,自分自身で見たほうが確実である」といった意味だが,まさにその心境だ。
今の場合は「見る=実践する」というより,「原典にあたる」といった程度にしかすぎないのは承知している。
だがともかく,これまでどうも曖昧で理解しきれていなかった部分が,くっきりと見えてきた心境なのだ。

もちろん,現在の技術の方が改良され,洗練されているのは間違いないだろう。
でもそのせいで,たとえばテクニックの面や,使うアイテムといったものに目を奪われ,かえってその本質が見にくくなることもあるのではないだろうか。
少なくとも,形から入る癖のある自分には,どうもこういうことが多いような気がする。
その,いわば目にかけられたベールを取り払ってもらえた気がするのだ。

ただ,1969年当時の最新技術が,現代にもそのまま通用するとは限らない。
特に大きな違いは,コンピュータが生活に入り込んだこと。
梅棹氏ならカードをコンピュータに置き換えるだろうか。
それともカードを使い続けるだろうか。
それともカードとコンピュータの融合を思いつくのだろうか。
氏の別の著作にもぜひあたってみたい。

なお,この書の続刊にあたる(あくまで氏は編者の立場にすぎないが)「私の知的生産の技術」は,絶版だが図書館にはあるようだ。
近々借りにいくぞ!
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